「増やす、読み取る、直す」
細胞が分裂するとき、当然、DNAも複製されて、分裂後のそれぞれの細胞に1個ずつ入る。DNAの複製は、元のDNAを見ながら(誰が?)写し取るわけではなく、自動的に複製される。まず、DNAの端がはがれる。ファスナーを開くイメージだ。それまでしっかりつながっていたA-T、C-Gのつながりが、端から順にはがれていく。細胞内には、DNA以外にも塩基パーツがいっぱいある。
はがれた部分のむき出しの塩基には、それらの塩基パーツが、くっつきルールに従って、決まった塩基にくっついていく(AにはTが、CにはGが、ACGには、TGCがという具合)。
こうして「ファスナー」が開くやいなや相補的な塩基がくっつき、その部分から再び二重のDNAができあがっていき、DNAが自動的に複製される。一気に全DNAを2本にひらいてしまってから、というより順に複製していく方がうんと安全だ。
細胞分裂の際に限らず、ある遺伝子の読み取りが必要になったときには、その部分だけほどけ、遺伝子が読み取られる。
そしてこのDNAの複製の原理を利用したのが、いま(2020年5月)よく耳にするPCR検査法である。
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応 polymerase chain reaction)法というのは、自動的に素早くDNAを複製する技術のことである。
新型コロナウイルスに感染しているかどうかもっとも簡易的に調べる方法は、コロナウイルスのDNA(※コロナウイルスの設計図はRNAであるが宿主に寄生する際、DNAに変換している)が、クライアント内に存在しているかどうかを調べることだ。ただし、十分にウイルスが増えていない場合、ウイルスのDNAの量が少なすぎて検出がむつかしい。そこで、採取したDNAを実験室で大量に複製して検出するという方法だ。
クライアントから採取したサンプルには、新型コロナウイルス以外のDNAも多数含まれるが、PCR法は、特定のDNAパーツだけを複製させる優れものなので、コロナウイルスのDNAだけを増幅させることができる。
ざっくり手法を説明する。
採取したDNAを試験液に入れる。この試験液には、だいたい20塩基くらいのサイズの塩基パーツがいっぱい入っている。
DNAは、94℃のお湯に30秒~1分浸してやると、二重だったものがはがれて、1重(これを1本鎖という)になる。
この状態でお湯の温度を60℃まで急速に下げると、むき出しになった塩基に相補的な塩基がくっついていく。DNAの複製のときと同じ仕組みだ。このあと少しだけ温度を上げて結合を安定させる。これで2本のDNAに複製されたことになる。
対象にもよるがここまでだいたい4、5分。あとはこれを繰り返す。
1本が2本に。2本が4本に、4本が8本にと指数的に増えていく。正確にはn回のサイクルで2^n-2n倍に増える。
だいたい2時間で検出に必要な量にまで増幅できるとしているが、各ウイルス毎(ウイルスに限らないんだけど)に陰性、陽性判定を出すには、それなりの時間をかけてもろもろファインチューニングする必要がありそうで、今はまだ、精度がやや低いと言えそうだ。
そのため、いったん陰性判定された人が後に陽性判定されることがある。(※このあたり素人推定であることに注意)
この方法を発明したキャリー・マリス博士(PCR法でノーベル化学賞を受賞)はデート中にこれを思いついたことは有名な話だ。このあたりのエピソードは彼の著書「マリス博士の奇想天外な人生」(2000年 早川書房)に詳しく書かれている。とてもゆかいな本なので、興味のある人はどうぞ!
最後に修復のお話。
DNAは紫外線や化学物質に弱い物質である。そのため、日頃からよく壊れる。たとえば、Aの右隣の塩基が壊れたとする。AA?CTGC。さっそく「修理屋」が?をとりのぞき、新しい塩基に入れ替える。間違った塩基が入れば、間違ったアミノ酸が作られるので、絶対に間違えるわけにはいかない。しかし、?がなんであったか、これだけでは推測のしようがない。
ところが二重構造になっているので、片割れのDNAを調べれば簡単に?がなにであるかわかる。片割れがTTAGACGだったとすれば、?はAとくっつくTということになる。この情報を元にDNAを修復する。
もっとも、対のDNAの同じ場所の塩基が同時に壊れてしまうとさすがにお手上げとなる。
この単純な修理方法以外にも、DNAの修理保全にはたくさんの対処法が用意されているので、興味のある人は本をあさってみるといい。
このように二重(らせん)構造というのは、非常に理にかなった構造である。
1.塩基は4種類とする
2.3つの塩基で1つのアミノ酸を定義する
というルールを決めただけで、アミノ酸の定義から複製、修復まで一義的に実行できる。
すばらしい!
生物やウイルスがみんなこの構造をとっているわけではない。DNAの代わりにRNAを使っている者もいれば、二重にしていないものもいる。ヒモ状じゃなく輪ゴム状にしている者もいる。しかし、生物の多く、特に高等生物は全てDNAの二重らせん構造をとっていることから、この仕組みがもっとも安定的で強固なんだろう。
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