Morikatron Engineer Blog

モリカトロン開発者ブログ

神様のゲーム#8

「体の中の警察」

FPSやRPGでのお楽しみの1つに、武器や装備のカスタマイズがある。
同じ武器でも装着する弾薬の種類を替えることができれば、武器の種類x弾薬の種類だけのバリエーションが生まれる。
装備にしてもしかり。武器を2つ持てるとすると、(武器の種類x弾薬)x(武器の種類x弾薬)だけのバリエーションが生まれる。
武器が5種類、弾薬が10種類だけでも、武器2つ持ちで単純計算で(5x10)x(5x10)=2,500パターンとなる。どういう組み合わせにしようかと十分に悩める(楽しめる)。
プレイヤーがうれしいだけじゃなく、作り手もうれしい。用意するのは、武器が5種類、弾薬が10種類、計15アイテムだけだからだ。ウインウインの仕様である。

 

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<敵と武器>
「抗体」と「抗原」という言葉は、一度は耳や目にしたことがあるだろう。中学校の理科でも登場する。
では、「抗体(antibody)」とはなんでしょ。辞書には「抗体とは抗原を除去する分子である」とある。では「抗原(antigen)」とはなんでしょ。辞書には「体内に入って免疫反応を引き起こす物質の総称」とある。では免疫反応とは何か。「抗原に対する抗体の反応(抗原抗体反応)のことである」とある。なんだか、お役所でたらい回しにされている感がある。

我々の体は、外部から入ってくる「自分以外のモノ」を非常に厳しく排除しようとする。ウイルスだけじゃなく、細菌、自分の体にないタンパク質も対象となる。
傷口が赤く腫れ上がる、他人の臓器を移植したり、違う血液型の血液を輸血したときにも、自分のとは違うタンパク質ということで、激しく排除する。
こうした機能を「免疫機能」という。
免疫機能は、体の中の警察といえる。
排除には、いくつかの段階がある。敵(抗原)を見つける→見つけたら、仲間に知らせる→敵をやっつける→制圧したらちゃんと記録する(どっかの政府と違ってね)。
敵のやっつけ方は、抗原を無力化する「武器」を開発することである。
この「武器」が「抗体」というわけだ。

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武器は、抗原の種類によって違う。炎属性のモンスターと水属性のモンスターに対して、有効な魔法が違うのと同じだ。ゲームだとせいぜい数種類の魔法の使い分けですむが、抗体という武器は抗原ごとに非常に細分化されている。1:1と言っていいくらいだ。

<侵入されたかのチェック>
最近「抗体検査」という言葉をよく聞くようになった。
SARS-CoV-2(新型コロナウイルスのことね)が、体内に入ってきたことがあるかを確認する検査だ。
コロナウイルスが、今体内にいるかどうかは、PCR検査で確認できる。ただし、いまウイルスがいるかどうかだけでは不十分である。
例えば、コロナウイルスが見当たらなかった場合、2つの場合が考えられる。
1つは、まだ感染していない状態。もう1つは、過去に感染したけど制圧した状態。PCR検査ではこの2つは区別がつかない。
これはちょっと都合が悪い。
なぜならば、まだ感染していない状態の人は、今後感染する、人を感染させてしまう可能性があるのに対して、完全に排除した状態というのは、イコール抗体ができているという状態なので、今後、ほぼ感染する可能性はない。よって人に移す危険性もない。乱暴に言うなら、前者はまだ自粛すべき対象となるが、後者は好きにしていい対象となる。
そういう事情があるため、両者を識別できるようにしないとダメだという流れになってきていて、「抗体検査」が急がれている。

さて、まだ感染していない人とすでに感染してウイルスを制圧した人をどうやって判別するのか?
簡単な方法がある。抗体(抗原をやっつけるための武器)が体内にあるかをチェックする方法だ。簡単な検査で武器の有無がわかる(ただし、この精度が決して高くはないということは注意が必要だ)。
武器があるということは、すでにウイルスと遭遇したことがあることを意味する。それでいて、発症していないということは、無事鎮圧に成功したことになる。このことからこの人は後者となる。一方、武器が見つからなければ、まだ遭遇していない、つまり前者といえる(厳密には、遭遇しても抗体を作れなかったということもある)。
これが抗体検査の仕組みである。

PCR検査と抗体検査の組み合わせで、より正確な状態判別ができる。
まとめると、こうなる。
1)PCR検査をする
 →陽性である場合:現在感染している
 →陰性である場合:現在感染していない → 抗体検査を受ける
2)抗体検査をする
 →抗体がない場合:現在感染していない&感染したことがない
 →抗体がある場合:現在感染していない&過去に感染していた

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<攻略の仕方>
警察(免疫機能)にはざっくり以下の4つの役割がある。
 1.侵入者(抗原)を見つける。
 2.侵入者を撃退する。撃退には「食べる」と「武器で攻撃」の2種類がある。
 3.まわりの警察に侵入者発見を伝える、また、侵入者撃退の応援をする。
 4.侵入者撃退用の武器(抗体)を開発する。

侵入者を見つけるに当たって「侵入者リスト」を参考にする。
「侵入者リスト」とは過去に侵入してきた招かねざる客のリストである。
侵入者には、ウイルスや細菌の他、自分の体にない異種タンパク質などが含まれる。
侵入者を撃退するとすみやかに「侵入者リスト」に追加される。
「侵入者リスト」には、侵入者の顔(実際は特有のタンパク質)とそいつら撃退のために開発された「武器」(抗体)が記載されている。


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この「侵入者リスト」はだいたい50年程度保存されるという。
今の長寿社会ではやや短い気がするが、平均寿命が50歳を超えるようになったのは1950年代以降なので、神様はどうもデフォルトで「人間の寿命は50年ね」と決めてたと思われる。
実際、免疫機能に限らず、ホルモンをはじめとする重要なタンパク質等の生産量は、50歳くらいから急激に落ちる。
ということで、
60歳を過ぎると、小学生の頃に行った麻疹などのワクチン接種で得た「侵入者リスト」も有効期限切れでなくなってしまうため、再び感染することがある。

この侵入者リストがあってくれるおかげで、侵入者に対して速やかに対処できる。
逆に、侵入者リストに載っていない新規の侵入者に対しては防衛策が後手後手に回る。
うっかり侵入を許してしまい、有効な武器も開発しなくてはならないからだ。
今回の新型コロナウイルスも、新規の侵入者であるため、防衛がなかなかできない。容易に感染、発症してしまうのはそのためだ。
逆に、いったん、感染して回復すれば、侵入者リストができるので、次回からは容易には感染しないことになる。
どっかの国が試みた、みんなが感染回復をすればパンデミックにならない作戦、いわゆる、「集団免疫」作戦というのはこうしたことを意図した作戦であった。
ただしこの侵入者発見機能は融通が利かない。
少しでも侵入者が「変装」するとやすやすと見逃してしまう。
コロナウイルス、インフルエンザウイルスのように、突然変異を起こして見た目が変化しやすい、つまり変装しまくる奴らには苦戦する。

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<ワクチン>
ワクチンの役割というのは、手枷足枷をした侵入者をわざと体の中に迎え入れ、撃退用の武器を作り侵入者リストに載せることである。
手枷足枷をされた侵入者とは、ウイルスで言えば体の中で増殖する力を持っていない無力化したウイルスである。このウイルスを使って有効な武器を開発して侵入者リストへ追加する。
この事前策を取っておけば、ほんまもんのウイルスが来たとき、準備万全の状態で迎撃できる。

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しかし、無力化しているとはいえ、ウイルスを体内に入れてしまうわけだから、完全に安全が保証されていないといけない。
また、ウイルスは、生きた細胞の中ででしか増殖できない。このため、ワクチン用の無力化したウイルスも生きた細胞の中で生産せざるを得ない。これには未だに鶏の卵が利用される。卵にウイルスを注入して増殖させ、濾過精製するというローテクで工程数の多い生産方法しか今のところない。
このため、どうしても開発→承認に時間がかかってしまう。新型コロナウイルスのワクチンが早くても今年末、十分に行き渡るのは来年の夏になるのではとか言われてるのはそのためだ。
ちなみに、以上の機能から、ワクチン接種も「集団免疫」作戦の1つと言える。



<武器の種類>
「抗体検査」とともに最近よく「IgG」「IgM」という言葉もみかける。「Ig#」は免疫グロブリン(immunoglobulin)のことである。抗体イコール免疫グロブリンと考えてほぼ間違いはない。
「IgG」「IgM」の他「IgA」「IgD」「IgE」があり計5種類となる。
その中で検査での指標に使うのに適しているのが「IgG」「IgM」ということだ。
それぞれにスキルが違うが、免疫グロブリンのスキルは大きく分けると以下の3つとなる。
1)侵入者を食べてしまう
2)食べはしないけど、殺してしまう
3)侵入者の武器(毒素)を無力化する
ちなみに、
「IgG」はウイルスや細菌の出す武器を無力化するスキル、「IgM」は感染初期に活躍し、直接ウイルスや細菌を攻撃するスキル力がある。
さらにちなみに、「IgD」「IgA」「IgM」「IgG」「IgE」の5種類あることから、試験勉強的には「DAMAGE」と覚えるとよい。

ところで、人体に侵入してくる厄介者(抗原)は何種類くらいあると思われるだろう。その種類はだいたい数百万~数億種類と言われている。先にほぼ1種類の侵入者に対して、1種類の武器(抗体)が対応していると書いた。
ということは、侵入者を撃退する武器が~数億種類必要と言うことになる。いつ何時侵略を受けるか分からないので、寿命が続く限り、数億種類の武器を保有していなくてはならない。それ以上に、まだ出くわしたことのない侵入者用の武器など持ちようがない。
さらに世代をまたぐとするとそれらは、DNAに書き込まないといけないことになる。武器の「設計図」だけのためにどんだけDNAの容量を使うつもりなんだという話になってしまう。このコストはバカにならない。もう少し効率的に多種多様な武器を作れないものか。
そう考えた神様はナイスなアイデアを思いついた。
そのアイデアを少し詳しく説明する。

<武器の組み立て>
免疫グロブリンの仕組みは非常に巧妙で、神様、知恵絞ったなーと感心せざるを得ない(どんだけ上目線)。また、ゲームの武器合成の仕様にも使えそうな仕組みだし、この機構を解明したのは、日本人の利根川 進(この発見で1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞)ということもあるので、もう少し詳しく説明する。

免疫グロブリンはY字型をしている。というかVとIの2つのパーツ組み合わせからできている。さらにVは左右で独立しているので、正確には\,/となる。
2つのパーツの機能をざっくり説明すると、Vの部分が、侵入者にくっつく固有の「手」となる。Iの部分は実際に攻撃する免疫細胞(B細胞)とのジョイントとなる。つまり、免疫グロブリンは、ターゲットを見つけ、それにとりつく機能と敵を上の3つの方法で攻撃する機能から構成されている。

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そして大事なのが、侵入者を見つけそれにくっつく機能、Vの機能だ。
なんといっても敵は数億種類もいる。正確且つ迅速に敵を見つけないといけないし、間違って関係ない細胞に取り付いてしまっては大変な事故になってしまう。
教科書的に言えば、免疫グロブリンと免疫細胞(B細胞など)の関係をちゃんと説明しないといけないのだが、長くなってしまう上かえって分かりにくくしてしまいそうなので割愛させてもらう。簡単に言ってしまえば、免疫グロブリンが武器、免疫細胞がそれを使う兵隊、警察といった関係だ。

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免疫の仕組みについては、はたらく細胞という漫画がお勧めである。
非常に詳しく、わかりやすく擬人化、ドラマ化されていておもしろい。


ということで話をもどして、
このVの部分(正確には\と/)は、さらに3つのパーツから構成されている。パーツの組み合わせパターンの1つ1つが、個々の侵入者に1:1対応している。
3つのパーツは、それぞれ、パーツAは約300種類、パーツBは25種類くらい、パーツCは6種類くらいあるので、その組み合わせは、300x25x6=45,000種類となる。
さらに、\と/は独立で、別々のパーツ構成にできるので、\と/の組み合わせの総数は、45,000x45,000=2,025,000,000、ざっと20億種類となる。人間が生涯でアタックをうける侵入者の種類がマックスで数億種であることを考えると、20億種類というのは、多すぎず少なすぎず、いい塩梅と言える。20億種類作れるので、そのうち1つは侵入者にマッチするというわけだ。
これに対して、20億種類の組み合わせを生むに必要なパーツは、たったの300+25+6=331個となる。組み合わせの妙である。

このパーツの情報(設計図)は全てDNA上にあるわけなので、ベタに20億種類の設計図を置くことに比べれば、かなりのDNAの節約になっている。

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実際には、デフォルトのパーツセットのパーツを侵入者に合わせて組み直す作業を行うので「遺伝子再構成」と呼ばれる。


<まとめ>
人間の抗体の作り方が、冒頭の武器、装備のカスタマイズと同じ仕組みであるのがおもしろい(順番が逆だけど)。
ちなみに、免疫機能はどの生き物も持っているが、免疫グロブリンという抗体は脊椎動物にしかない。それ以前の下等動物には存在しない、新しく(と言っても5億年前だけど)に追加された新仕様である。
最後に、細菌のような単細胞にも免疫機能がある。単細胞なので、多細胞動物のように免疫「細胞」がいない。にも関わらず、免疫機能がある。ちなみに、細菌の天敵はウイルスである(細菌の死亡原因の50%がウイルス感染と言われている)。
免疫細胞がないのに侵入してくるウイルスを撃退する仕組み、しかも、過去の侵入したウイルスを記憶する機能まである細菌の免疫システムが、これまたとてもゲーム的というか天才的な仕組みなので、いつかの機会に紹介したいと思う。

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